うずら話 - ヒメウズラの生活

と鳥に関する雑学、たまに旅のエピソードやレトロな話などのんびりと

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【ドレスデン&ベルリン Part.6】12/26 東ドイツ風ホテルから壁へ

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前回はベルリンで東ドイツ風ホテルに泊まりました。
uzurabanashi.hatenablog.com
今回はチェックアウトしてEast Side Galleryへ行きます。

🎅 東ドイツ風ホテル Ostel

OstelはOst(東)とHostel(ホステル)をくっつけた名前ですね。一泊しましたが暖房の温度が低くてけっこう寒かった、これも貧しい東ドイツ風の演出だったら面白いですがw


朝、部屋の窓からの風景
壁の色がカラフル


旧東ドイツのエリアです


朝飯代わりにシュトーレンをかじる


チェックアウト前にホテル内を散策


手すりもインテリアもシンプルで質素なデザイン


これは東ドイツ時代の写真でしょうか


一階ロビー横の小さなラウンジ
ミッドセンチュリー風の椅子


この照明のデザインも個性的でいいですね


クロークにある電話機 レトロです


雰囲気の良い間接照明の光


ザ・ミッドセンチュリーなロビー
東ドイツは1949年10月から1990年10月まで存在しました


パンクな受付のおねえさん、口ピアスにTATOOにゴス風の黒いメイク
壁には世界時計、壁紙の柄もいいですね


古いラジオがちゃんと動いています


チェックアウト後、改めて外観を

東ドイツ時代を懐かしむことをOstalgie(オスタルギー)と言い、「Ost(オスト)」と「郷愁」をあらわす「Nostalgie(ノスタルギー)」をくっつけた言葉です。旧東ドイツ(生まれ)の人を「Osy(オシー)」旧西ドイツ人を「wesy(ウェッシー)」と言ったりします。
旧東ドイツの記録映像や壁にまつわる悲惨なエピソード等を見聞きすると、一般の人たちは抑圧され貧しく不幸だったのだろうなと思いますが、子供時代を旧東ドイツで過ごしたドイツ人からは「みんな東ドイツは最悪だったでしょう?って言うけど、僕は楽しかったよ、いい思い出しかないよ」と言われました。家族の生活を背負った大人にとっては不自由な社会でも、当時子供だった人達にとっては普通に平和で懐かしい記憶のようでした。

このOstel、残念ながら2020年に閉鎖になったっぽいです、予約サイトにデータは残っていますが予約出来ないですね。いつかまた再開されるかもしれません。
jp.trip.com

🎅 Berlin Ostbahnhof周辺 → East Side Gallery(ベルリンの壁)へ

Ostelを出て最寄り駅Berlin Ostbahnhof(ベルリン東駅)方面へ向かいます。


駅構内のBerliner VolksbankのATMへ
覚えてませんが多分ここで海外キャッシングしたかな?
当時はクレジットカードのキャッシングの方が両替所よりお得でした


駅構内の手作り感満載のクリスマスディスプレイ


面白いスリッパが売ってあります


これはBerliner Bär(ベルリン熊)でベルリンではあちこちで目にします
色んな柄の熊がいて、日本にちなんだ柄の熊もどこかにいます
この熊は何の柄でしょう?お腹に一角獣がいますが


駅からすぐのEast Side Galleryへ向かいます
もう壁が見えてきました


色とりどりの絵がかかれたベルリンの壁です


高さ4.2mの壁です
旧東ドイツ時代は壁のこちら側には人が近づかないよう
幅100mの緩衝地帯があり、監視塔がありました


圧政に苦しんだり、東西に離れ離れになった家族に会いたい一心で
壁を越えようした人達は射殺されました


つい30年ちょっと前までここでそんな事が起きていたなんて恐ろしい

こういう敗戦国ならではの歴史の建造物を目の当たりにすると、日本が分割されることなく復興し、世界屈指の治安の良さを誇る国になれたのは本当に運が良かったと思います。(もちろん運だけではありません、日本だったから、とだけ申し上げておきましょう)

East Side Galleryに来たのにここで終わりかい!という感じですが、壁画の写真が多すぎるので次回一挙に紹介します。
ぜひ次回も見ていただけると嬉しいです🙏✨

つぎはEast Side GalleryへGO!
uzurabanashi.hatenablog.com

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