前回はベルリン テーゲル空港まででした、そしてポーランド クラクフ バリチェ空港へ。
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※写真多めです。
一時間半ほどでクラクフ バリチェ空港に到着、急いでキャッシングで現金をGETしクラクフ中央駅行の電車乗り場へダッシュ。30分に一本&他の交通機関より安くて速い、ので鉄道一択です、同じ方向に向かう人達が沢山いるので方向も間違ってはいなさそう。外に出て徒歩100mぐらいの所にちんまりとした乗り場が、切符は乗ってから買えるらしいのでそのまま乗車します。(現在はクラクフ空港のリニューアルに伴い空港内のプラットフォームに電車が乗り入れるようになり、乗り換えスムーズになってるようです。)暫くして満員状態になった電車がやっと動き出しひと安心、そして混んだ車内をかきわけながら女車掌さんが『切符買う人~』殆ど全員『はぁ~~い!!!』...到着までに買えるのかこれ😌。なんとかクラクフ中央駅到着直前に切符を買う、というか乗車賃を払うことが出来ました。そして次の難関は電車乗り換え、これも逃がすと一時間に一~二本的な感じなのでダッシュで切符売場へ。自販機はないので窓口のお姉さんに、事前に紙に書いてきたポーランド語『bilet powrotny(往復切符)』を見せて行きと帰りの切符をGET。
この時点でかろうじて発音できるポーランド語は『Dziękuję(ありがとう)』『Dzień dobry(こんにちわ)』『Przepraszam(すみません・ごめんなさい)』だけなので、難しい言葉はプラカード方式で乗り切る予定です。peron 2 (ペロン、て何かカワイイなw)が乗り場のようなので急いで向かう、発車までまだ時間がありますが既に列車が停まってます...これに乗っていいのか悪いのか解らないので、ホームにいる車掌さんに切符を見せるとこの車両で合ってるとのこと。
ガラガラの車内に腰を下ろしほっと一息、これで一時間半ほどは電車に乗ってればいいのでひと安心...ですが車内放送も表示もなく、駅のホームの駅名表示もはっきり読めない場合が多いので、通過中に駅のホーム上の全ての表示板をチェックできるように一番前の車両に移動。『オシフェンチム (Oświęcim)』は地名ですが、かつてドイツ語で『アウシュビッツ (Auschwitz)』と呼ばれた事のある場所です。最大規模の強制収容所で行われた事についていまだに議論が絶えず、大量殺人に加担したと思われる高齢者が毎年世界各地で逮捕されています。現代のように高度な通信技術や情報戦も無い時代の事です、明らかにされていない事実や検証不可能な記録などあるでしょう。個人的には、歴史の真実を知る事は非常に難しいと思っていますので、戦争で亡くなった方々を悼みつつも、善悪の観点から軽々に意見を述べる事は避けたいと思います。急行だったと思うが速度的には普通、区間によっては小田急の急行ばりにノロノロで、本当に時間通りに到着するのかメチャメチャ不安がよぎる。これ以上遅延すると完全にアウトである...。到着時刻が近づき、乗り過ごさないようドキドキしながら駅名表示を目を皿のようにしてチェックしようとするが...どこの表示も字は小さいわ古ぼけているわで判読困難!😓結局自力で駅名を確認する前に、それまでまばらにしか人が降りていなかったのに、人がやたら降りていく駅で焦って金魚のふん的に降車し運良く正解、さすが世界的に有名な場所です。
とにかく急いでおり丁度いいバスも無いのでタクシーに乗る、オシフェンチム駅から収容所博物館まで5分くらいでしょうか、徒歩2~30分で行けそうな距離感でした。時間が押してなければ散歩がてら歩いたのになぁ~、何て気楽な事を考えていられるのも今のうちという事をこの時は知る由もなかった...。(それは何故か?次回わかります😁)博物館に到着しガイドツアー窓口を探す、電光掲示板に次のツアーの表示 "IN ENGLISH - 15:25"、現在時刻約15 分前、窓口で参加できるか聞くとまだ定員に空きがあるとの事、良かった~!この回が本日最後のツアーだったので、これに間に合わなければ広大な収容所跡をほっつき歩くだけになる所でした。宿はクラクフに予約済みで翌日は別の予定があるので、一度機会を逃したらやり直しは効かない詰込み旅、なんとか今日の目的はとげられそうでほっとしました。このツアーではアウシュビッツ強制収容所(第一収容所)とビルケナウ(ポーランド名Brzezinkaブジェジンカ)強制収容所(第二収容所)を見学します、最初は無料バスに乗ってビルケナウに移動しました。満員のバスで片道5分くらいでしょうか、ドキュメンタリーや映画等で見覚えのある『収容所』の景色がそこにあります。元々は馬小屋だったそうで、なるほどなという感じの粗末な造りの建物です。この建物で空調設備もなく真冬や真夏に十分な栄養も取らず、肉体労働をしながら生活をする事になったら...一週間待たずに病気になり、やがて死んでしまう事は想像に難くないです。外に出ると広大な敷地をぐるりと囲む鉄条網付きの高いフェンス、規則的に監視塔が立っています。