うずら話 - ヒメウズラの生活

と鳥に関する雑学、たまに旅のエピソードやレトロな話などのんびりと

[周遊Ⅰ Part4] ポーランド オシフェンチム (アウシュビッツ) Ⅰ

スポンサーリンク

前回はベルリン テーゲル空港まででした、そしてポーランド クラクフ バリチェ空港へ。
uzurabanashi.hatenablog.com
※写真多めです。

一時間半ほどでクラクフ バリチェ空港に到着、急いでキャッシングで現金をGETしクラクフ中央駅行の電車乗り場へダッシュ。30分に一本&他の交通機関より安くて速い、ので鉄道一択です、同じ方向に向かう人達が沢山いるので方向も間違ってはいなさそう。外に出て徒歩100mぐらいの所にちんまりとした乗り場が、切符は乗ってから買えるらしいのでそのまま乗車します。(現在はクラクフ空港のリニューアルに伴い空港内のプラットフォームに電車が乗り入れるようになり、乗り換えスムーズになってるようです。)

バリチェ空港から歩いて100mの電車乗り場
電車乗り場へ向かう人々 ローカルな雰囲気
暫くして満員状態になった電車がやっと動き出しひと安心、そして混んだ車内をかきわけながら女車掌さんが『切符買う人~』殆ど全員『はぁ~~い!!!』...到着までに買えるのかこれ😌。なんとかクラクフ中央駅到着直前に切符を買う、というか乗車賃を払うことが出来ました。そして次の難関は電車乗り換え、これも逃がすと一時間に一~二本的な感じなのでダッシュで切符売場へ。自販機はないので窓口のお姉さんに、事前に紙に書いてきたポーランド語『bilet powrotny(往復切符)』を見せて行きと帰りの切符をGET。
この時点でかろうじて発音できるポーランド語は『Dziękuję(ありがとう)』『Dzień dobry(こんにちわ)』『Przepraszam(すみません・ごめんなさい)』だけなので、難しい言葉はプラカード方式で乗り切る予定です。
オシフェンチム行きの切符
オシフェンチム行きの切符
オシフェンチムから戻りの切符
オシフェンチムから戻りの切符
peron 2 (ペロン、て何かカワイイなw)が乗り場のようなので急いで向かう、発車までまだ時間がありますが既に列車が停まってます...これに乗っていいのか悪いのか解らないので、ホームにいる車掌さんに切符を見せるとこの車両で合ってるとのこと。
ガラガラの車内に腰を下ろしほっと一息、これで一時間半ほどは電車に乗ってればいいのでひと安心...ですが車内放送も表示もなく、駅のホームの駅名表示もはっきり読めない場合が多いので、通過中に駅のホーム上の全ての表示板をチェックできるように一番前の車両に移動。
オシフェンチム行きの列車
乗るぞ~!
オシフェンチム (Oświęcim)』は地名ですが、かつてドイツ語で『アウシュビッツ (Auschwitz)』と呼ばれた事のある場所です。最大規模の強制収容所で行われた事についていまだに議論が絶えず、大量殺人に加担したと思われる高齢者が毎年世界各地で逮捕されています。現代のように高度な通信技術や情報戦も無い時代の事です、明らかにされていない事実や検証不可能な記録などあるでしょう。個人的には、歴史の真実を知る事は非常に難しいと思っていますので、戦争で亡くなった方々を悼みつつも、善悪の観点から軽々に意見を述べる事は避けたいと思います。
クラクフからオシフェンチム行きの列車の窓から見た景色
車窓から のんびり田舎の風景です
急行だったと思うが速度的には普通、区間によっては小田急の急行ばりにノロノロで、本当に時間通りに到着するのかメチャメチャ不安がよぎる。これ以上遅延すると完全にアウトである...。
赤い色のプラスチックの座席
真っ赤な座席 シンプルです
到着時刻が近づき、乗り過ごさないようドキドキしながら駅名表示を目を皿のようにしてチェックしようとするが...どこの表示も字は小さいわ古ぼけているわで判読困難!😓結局自力で駅名を確認する前に、それまでまばらにしか人が降りていなかったのに、人がやたら降りていく駅で焦って金魚のふん的に降車し運良く正解、さすが世界的に有名な場所です。
とにかく急いでおり丁度いいバスも無いのでタクシーに乗る、オシフェンチム駅から収容所博物館まで5分くらいでしょうか、徒歩2~30分で行けそうな距離感でした。時間が押してなければ散歩がてら歩いたのになぁ~、何て気楽な事を考えていられるのも今のうちという事をこの時は知る由もなかった...。(それは何故か?次回わかります😁)
アウシュビッツ-ビルケナウ強制収容所博物館
アウシュビッツ-ビルケナウ強制収容所博物館
博物館に到着しガイドツアー窓口を探す、電光掲示板に次のツアーの表示 "IN ENGLISH - 15:25"、現在時刻約15 分前、窓口で参加できるか聞くとまだ定員に空きがあるとの事、良かった~!この回が本日最後のツアーだったので、これに間に合わなければ広大な収容所跡をほっつき歩くだけになる所でした。宿はクラクフに予約済みで翌日は別の予定があるので、一度機会を逃したらやり直しは効かない詰込み旅、なんとか今日の目的はとげられそうでほっとしました。
収容所博物館内のツアー時刻掲示板
本日最終の英語ツアー開始まであと6分!間にあって良かった~😂
アウシュビッツガイドツアー
6人グループにガイドさんが一人つきます
このツアーではアウシュビッツ強制収容所(第一収容所)とビルケナウ(ポーランド名Brzezinkaブジェジンカ)強制収容所(第二収容所)を見学します、最初は無料バスに乗ってビルケナウに移動しました。満員のバスで片道5分くらいでしょうか、ドキュメンタリーや映画等で見覚えのある『収容所』の景色がそこにあります。
ビルケナウ収容所の内部
入り口近くにあるバラックの内部 床はなく石や泥の地面です
元々は馬小屋だったそうで、なるほどなという感じの粗末な造りの建物です。この建物で空調設備もなく真冬や真夏に十分な栄養も取らず、肉体労働をしながら生活をする事になったら...一週間待たずに病気になり、やがて死んでしまう事は想像に難くないです。
収容所のトイレ
穴が並んだコンクリートの台 収容者用のトイレです
収容所バラック内部
窓もなく薄暗いので、夜は明かりがなければ真っ暗闇でしょう
収容所バラックの内部
いかにも馬小屋といった造り
外に出ると広大な敷地をぐるりと囲む鉄条網付きの高いフェンス、規則的に監視塔が立っています。
ビルケナウのフェンスと監視塔
鉄条網と監視塔
ビルケナウのバラック
バラックが見えます、実際はもっと多くのバラックが建っていました

ビルケナウの鉄条網と監視塔
鉄条網と監視塔
ビルケナウの貨車
欧州全域から収容者を運んで来た貨車
ビルケナウの貨車
輸送中の過酷な状況で亡くなる人も多かったとの事
f:id:uzurabanashi:20191213184512j:plain
ビルケナウの正門(死の門)
収容所の正門(死の門) 鉄道引込線はここを通って終着となります
f:id:uzurabanashi:20191213184520j:plain
f:id:uzurabanashi:20191213184529j:plain
輸送されてきた人々の様子を説明するボード
f:id:uzurabanashi:20191213184539j:plain
遠くに恐ろしく背の高い樹が並んでいます
f:id:uzurabanashi:20191213184553j:plain

f:id:uzurabanashi:20191213184601j:plain
ビルケナウのガス室の建物の残骸
ガス室の建物の残骸
f:id:uzurabanashi:20191213184626j:plain

f:id:uzurabanashi:20191213184641j:plain
ビルケナウ慰霊碑
ガス室跡の傍に小さな慰霊碑
この周辺に亡くなった方々の灰が埋められたそう
ビルケナウの慰霊碑
慰霊碑 足元のプレートは世界各国から寄せられています
ビルケナウの線路
ビルケナウ収容所正門に続く鉄路 花が供えられています
ガイドツアーのメンバー
死の門の方向に引き返す一行
ビルケナウのバラック
バラックが並んでいます
ビルケナウのバラック内部
バラックの内部 薄暗く換気も悪い
どんよりした気分になります


夕暮れのビルケナウ
日が傾くのが早い 欧州の秋
ビルケナウの死の門
死の門に戻ってきました
死の門の監視塔と敷地内に伸びる鉄路
死の門の監視塔と敷地内に伸びる鉄路
実際に行ってみるとその規模の大きさに驚きます、ここで工場のように大量殺人が行われたであろう事を知らなければ、のどかな田舎の景色でしかありません。

しみじみしたのも束の間、ポーランドでまさかの行き倒れの危機か?
次のスポットへGO! →Part5へ
uzurabanashi.hatenablog.com

にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へにほんブログ村
旅行・観光ランキング