レトロと言うとシャレ乙っぽいですが、実際は家にある謎にボロ...いや古いものを紹介していくだけのカテゴリーです。
我が家にはオブジェと化し埃の積もったゼンマイ式掛け時計が二つあり、元々は親戚の家にあったものです。家主とその家族もだいぶ前に亡くなり、この時計たちが動いていた家も取り壊されてもうありません。
田舎の貧乏家で購入されたものなので、当時の一般家庭に普及していたお手ごろタイプと思われます。ちょっと前に、ゼンマイを巻けばまだ動くだろうか?と思いおそるおそる巻いてみた所、振り子の挙動が安定しないものの内部メカ的には動く気まんまんのようなので、いずれ本格的に手入れしようと思いつつ未だ放置されています。ネットで少し調べると全く同じものは見つかりませんでしたが、精工舎 (今のSEIKO) から昭和初期に発売された型 (時工舎時計店にリンク)のものに良く似ています。SEIKOの公式サイトには残念ながら過去の製品リストはありませんが、沿革のページに明治28年(1895)から掛け時計の製造を開始したとあります。
この弐号もジャストミート同型は発見できませんでしたが、そっくり兄弟はネットで大量に出てきます。アイチという会社から昭和中期ごろ発売 (時計・メガネ・宝石の専門店イトウ アイチ時計1ケ月巻き時計にリンク)されたものらしいです。
壱号と比べるとちょっとモダンになっていますね、このシリーズでカレンダー表示付のものがありそれは結構いいお値段のようです。と、こういうデザインの文字盤かと思ったらよく見るとカスタムされてました (笑) 穴の切り口めっちゃギザギザです。なんだか古道具屋のブログみたいになってますが...😁。
この長いこと放置されていた時計たちをいじる気になったのは、近年の日本列島を襲う大災害の度に電気の供給がストップし生活がままならない被災地の状況を見ていて『電気なしで稼働するものが身の回りに本当に無いよな...』と思い、探してみた所この御二方がイター!という訳です (まあ掛け時計が動いても災害時にとくだん役立つわけではないですが)。
この時計たちが働いていた家の写真がありました、おじいさんとおじいさんの妹さんも写っています。妹さんは子供の頃小児まひになり、足が不自由になり足を曲げて座れなくなったそうです。周りは田んぼと山と小川で近所の家もぽつりぽつり、という田舎のつましい暮しの家です。三丁目の夕陽なんかこれと比べたら超ハイカラな都会のお話ですね (笑)。
自分の知らない時代の人達の日々の生活を見てきた時計なのだなあと思うと『大きな古時計』のような豪華時計ではないですが、アンティークに興味の無い私にも古いものの価値が解るような気がします。
いづれはきちんと調整し動くようにしたいですね、そしてこういう時計を末永く大事にして頂ける人 (オンボ●でも可、の方) に譲れたら良いなと思います。
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話は違いますが、歌の『大きな古時計』の日本語の歌詞は元の歌詞 (英語) を語呂を良くする&直接的表現をぼやけさせる等、意図的に変更している箇所があるそうです。
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三番については丸ごと削除されています。三番の歌詞の中に『召使い (servant)』という言葉が出てきて、おじいさんは黙々と働き続ける時計よりも良い召使いはいない、と時計を誉めています。
時代から言ってこの召使いというのはいわゆる奴隷の事ではないでしょうか。日本には人種を基準にした大規模な奴隷制度は過去ありませんので、このservantをどう表わすか?しかも児童向けの唱歌の歌詞にはちょっと...という今で言う『ポリコレ』的な配慮により三番は削除されたのでは、と勝手に推測します。
日本語バージョンだと、朴訥としたおじいさんがそんなに大きくない家にはそぐわない大きな時計と共に、淡々とした一生を送って亡くなるという (私の) 印象ですが、英語バージョンの三番があると屋敷に住む地主のおじいさんの豪華大時計?と思えてしまい、ノスタルジックな雰囲気が台無しです。ので、日本語バージョンの歌詞は日本人のハートを見事に掴んだベストアレンジであるよなあ、と感心した次第です。